建材、採光、インテリアまで精緻に再現 1/20模型で迫る名作建築の魅力
建築デザイン学科 冨永研究室では、毎年「とみ展」と題し、建築模型を中心とした展示企画を開催しています。研究室に通底するテーマは「継承と更新」。
今年の「とみ展」は2部構成で、第一章は研究室の設立初年度から続く名物企画「住宅研究ゼミ」、第二章は2021年からスタートした「赤芝プロジェクト」についての紹介です。
研究室のみなさんに企画の趣旨や展示の見どころをじっくり伺いました!
設計者と施工者の想いをくみ取る「住宅研究ゼミ」
「住宅研究ゼミ」は、冨永研究室に入った3年生が最初に取り組む研究課題。建築家が趣向を凝らした名作と呼ばれる住宅を1/20模型で再現します。制作の過程で、建物の設計、意匠、建築家の思想・系譜などを様々な角度から考察します。
冨永先生:
大学の設計授業では、建築模型は1/200模型~1/50模型を制作することが多いですが、倍以上のスケールで制作することで、よりリアルに内部空間まで再現しています。
普段の模型制作では表現できないディテールまで再現することで、おのずと学生たちはしっかり図面を読み込み、理解するようになります。
制作を通して『建物を設計すること=設計者』『建物を作ること=施工者』の両方の仕事を追体験できるのが、この企画の魅力ですね。
冨永先生:
おいおいそこまで頑張るのか??と私から声をかけたくなるくらい、学生たちは、例年とことんこだわってくれます(笑)
例えば、扉の蝶番が外から見えないようにしたり、模型に使う素材一つを選ぶのに何時間もかけたり。
それらの作業は一見、模型の制作では必要ないことに思えるかもしれませんが、実際に建物を作るときには、避けては通れない作業です。学生たちは建物を建てる難しさと楽しさを、企画を通してよりリアルに感じてくれていると思います。
外観は奇抜でも住み心地は最高?ゲーリー自邸
ここからは、制作した模型の一例をご紹介します。最初にインタビューに答えてくれたのは、久保桜子さん(建築デザイン学科4年)。
久保さんの班は、アメリカにある「ゲーリー自邸」の模型を4人で制作しました。展示の中でもひと際目を引く大きさと、奇抜な外観が特徴的です。
―「ゲーリー自邸」の特徴を教えてください。
久保さん:
この建物は、ゲーリーが0から設計したわけではありません。1920年代に建てられた住宅をゲーリーが見つけ、増築・改修しました。中央の屋根があるところが既存部分で、建物を囲うように増築されています。フェンスや波型鉄板などの安価な工業用素材を使用することで、脱構築主義建築の先駆けとして注目を集めました。
―「ゲーリー自邸」の模型を制作する過程で、感じたことを教えてください。
久保さん:
外観が注目されがちですが、彼やその家族が快適に過ごすための住まいとしての魅力が詰まっていると感じました。
例えば、増築部分に大胆に設けられた3つのガラスキューブは、建物の内部まで光を取り込み、暮らしをより豊かにする仕掛けになっています。
久保さん:
建物正面のキューブはキッチン、向かって左側のキューブはダイニングに光を届け、どちらも気持ちの良い空間が広がっています。お天気の日は少し暑そうですけどね(笑)
向かって右側の2階部分に取り付けられたキューブは、寝室に繋がっていて太陽の光が差し込み気持ちのよい朝を迎えることができます。
ー模型完成までの道のりを教えてください。
久保さん:
まず住宅と建築家についての調査、空間分析に取り組みました。「ゲーリー自邸」は簡単な図面しかなく、時には写真に映る情報から図面におこすこともありました。クローゼットは写真さえ残っていなかったので、家族構成などの情報から推測しました。
その後2ヵ月ほどかけて模型制作に取り組み、昨年の研究室で発表を行いました。
ー久保さんは大学院に進学する予定だとか。
久保さん:
今回の企画で仲間と何度も語り合い、1つの建築物を突き詰めていく中で、建築のおもしろさに改めて気づきました。まだまだ研究する時間が欲しいので、大学院に進学して引き出しを増やしたいと思っています。
床が宙に浮く家?HouseT
次に、長谷見和志さん(建築デザイン学科4年)たち3名が制作した「HouseT」をご紹介します。4面を隣家に囲まれた敷地に建つ東京都目黒区の狭小住宅です。
ー「HouseT」の特徴を教えてください。
長谷見さん:
この住宅は、縦に大きく3つの層に区切られています。立体的に十字に交差した田の字の梁・柱で構成されおり、住宅内部はかなり特徴的な作りになっています。
もう一つ構造面で特徴的なのは、床です。まるで本棚の棚板のように、柱や壁に引っ掛けるように床が設置されていて、見方によっては床が宙に浮いているような印象を与えます。
この家には、部屋を完全に仕切る壁がありません。寝室もリビングも閉ざされておらず、床が異なるレベルに自由に配置されていることで、適度に分節された空間を作っています。
ー模型を見るときに、一番注目してほしいポイントはどこですか?
長谷見さん:
建築構造の再現はもちろんですが、実は一番こだわったのはペンダントライトです。施主の奥様がインテリアにこだわりを持っていて、各生活空間でそれぞれ異なる照明を使っています。空間にあったデザイン、照明の高さにまでこだわりが見受けられ、インテリアも住居の重要な要素の一つであることを実感しました。
ライトの他にも、オーダーメイドのキッチンやワインの収納スペースになっている階段など、1/20模型だからこそ再現できたインテリアが多くあります。
ーHouseTは、おもしろい住宅ですね。
長谷見さん:
初めてHouseTを知ったときは写真等の少ない情報しかなく、空間の全体像がまるでわかりませんでした。だからこそ興味を惹かれましたし、実際に模型を作っていくことで、内部の構造がよく分かりました。
寝室とリビングの間に壁がない家は、ちょっと住みにくいと思いますが(笑)、施主からの「普通の家じゃないもの、世の中の人がちょっとびっくりするようなものがいい。」という要望でこの家が生まれたそうです。常識や固定観念にとらわれず、施主のこだわりに耳を傾けて応えることも、いい家を作る条件だと改めて思いました。
ー長谷見さんの将来の夢を教えてください!
長谷見さん:
意匠設計、施工管理、まちづくりなど、建築と一口に言っても様々な分野があります。私は住宅研究ゼミを経て住宅への興味がより一層高まり、将来は住宅に関するお仕事をしたいと考えています。
先人とつながり、先輩とつながる
住宅研究ゼミは、研究室設立当初から続き今年で13年目。実は今年の企画では、先輩たちが作った模型との比較研究にも取り組みました。模型から先輩の想いをくみとり、自分たちの研究へと活かします。
歴代の研究室メンバーで集うと、いつも「住宅研究ゼミ」が話題にあがるそう。先人たちの素晴らしい建築、そして先輩たちの熱がこもった作品と向き合い、過去から学ぶ精神が、冨永研究室の学生たちには脈々と受け継がれています。
地域の魅力を再発見「赤芝集落プロジェクト」
とみ展のもう一つの企画が、「赤芝プロジェクト」の研究発表展示。修士課程の学生たちが中心となり活動しています。
山梨県の赤芝集落は、山梨駅から車で20分ほどの場所に、約30戸が集まる小さな村。普段は観光客など外から訪れる人はほとんどおらず、ここに住む人も年々減っている状況です。
この場所は明治から昭和にかけて養蚕が盛んで、建物にもその当時の特徴がよく残っています。冨永研究室は、2021年から集落にある住居の文化財としての価値や魅力を再発見する調査・研究に乗り出しました。
今本萌絵さん(建築学専攻修士課程1年)は、学部4年生の時に赤芝集落に訪れ、実測調査を行いました。さらに、冨永研究室の仲間たちと集落の保存利活用を提案し、「木の家設計グランプリ 2022」にて優秀賞と堀啓二審査員賞を受賞しました。
-実測調査はどうでしたか?
今本さん:
初めての実測調査では、建物に住んでいる人にお願いして中に入らせてもらうので、限られた時間の中で正確に空間を記録していくことに緊張したのを覚えています。同時に、空間をその場で読み解いていく楽しさ、終わった時の達成感を味わいました。
職住一体の木造住宅の内部はあまり見たことがなく、構造を読み解くのが難しかったです。
ー赤芝集落の保存利活用について、どんな提案をしましたか?
今本さん:
集落の民家の特徴を活かし、観光資源としての利活用を提案しました。集落に移住してきたアーティスト夫妻が、民泊を行うことを想定し民家を改築しました。
3階は養蚕のための簀の子敷きに残っています。簀の子を廊下部分に活かす
ことで、風通しのよい民泊フロアに改修しました。コンクリート床の2階は、雰囲気を活かしてギャラリーとして利用します。1階は台所などの居住空間、離れはアトリエ工房として活用。現代では機能を失った馬屋や味噌部屋を減築することで、開放的な地域交流の場を創出しました。
ー赤芝集落プロジェクトの魅力や学んだことを教えてください!
今本さん:
普段の授業や研究活動では学部内の交流で完結してしまうことがほとんどですが、地域の人々の声に耳を傾け、意見を取り入れていく作業で視野が広がりました。
今年は、集落にある民家に特徴的な「離れ」に焦点を当てて、利活用を提案しようと研究室メンバーで取り組んでいます。
冨永先生:
研究室では2013年から、日本の特殊な気候・地形の集落や建築の調査研究を行っています。2014年から2015年にかけて調査し利活用提案した山形県新庄市の「旧蚕糸試験場新庄支場」は、その後実際に地域の人々に提案内容を受け入れていただき、2018年から3年間で計3棟の木造建築の改修へとこぎつけました。
改修が進むにつれて、地域のみなさんが活気づいていくのを肌で感じ、建築の力でまちを変えていくというのはこういうことか!と思い知らされました。
目先の利益を度外視して、数年かけて調査・検討をじっくり行うことで、大学だからこそ地域に根差した利活用提案、まちづくりができるのではないかと考えています。
過去を捉えなおし、アップデートする
オリジナリティや新しさを求められることが多い建築デザインの世界。冨永先生自身も意匠設計を行う中で、そのプレッシャーを感じてきたと言います。「素晴らしい過去の建築やまちから学び、それらを今どう捉え直すか?という切り口が、“新しい新しさ”になる」。そんな先生の想いが研究室の活動を通して学生たちに受け継がれています。
冨永研究室のInstagramでは、「とみ展」で展示したすべての作品を紹介しています!ぜひご覧ください。