新たな領域への挑戦が、研究者としてのやりがいやよろこびに変わる時
大学の研究者というと、学部生時代から長年にわたりひとつのテーマを追求し続ける姿を想像する人も多いのではないでしょうか。そんなイメージの一方で、工学部機械システム工学科の金田祥平先生は、20年近く取り組んできたバイオエンジニアリング分野から美容・ヘルスケア分野へと研究領域の展開を始めた研究者の一人です。そんな金田先生に新たな領域への挑戦に至る物語と、奥底に流れる研究者として変わらない信念について聞いてみました。
あこがれがきっかけで進んだ研究者への道
――学部生の頃は電気電子工学科に在籍されていましたが、研究者を意識したのはいつ頃でしょうか。
中央大学4年生時の夏に、現在(2024年時点)、東京大学総長を務められている藤井輝夫先生の研究室に研究実習生として受け入れていただきました。この藤井先生との出会いがキャリアを決める大きな出来事に。その頃、藤井先生の業績には海中ロボットや群ロボットに関するものがあり、私もロボット研究に携わると思っていましたが、「これをやりましょう」と紹介されたテーマは、当時藤井先生が新たな研究領域として展開されていたマイクロ流体デバイスという私にとって全く未知の領域でした。マイクロ・ナノ加工技術を学びながらデバイスをつくり、分子生物学を学びながら取り組むバイオ系デバイス実験は楽しく、また、人々の健康に貢献することを目指すマイクロ流体デバイス研究に大きなやりがいを感じていました。それでも当初は、研究者になるとは思っていませんでした。
――そこから研究者を目指すまでには、どんな経緯があったのでしょう。
研究者を目指したというより、尊敬する人が研究者だったということです。藤井先生から教えていただいた『研究者たる前に人間たれ』という言葉を今も大切にしています。楽しく研究を続けている間に、藤井先生のお人柄を知り、尊敬があこがれとなり、自然と研究者の道に進んでいました。東京大学大学院の博士課程修了後も、研究員や助教として、藤井先生のもとで抗がん剤評価用デバイスやiPS細胞由来の神経組織培養デバイスの開発に従事し、創薬研究や再生医療への応用を目指したデバイス研究に取り組みました。藤井研究室には足掛け18年間在籍し、楽しく研究を続けておりましたがその間、学生、研究者、人として、数多くの失敗も重ねました。その都度、藤井先生に温かく、そして粘り強くご指導いただいたお陰で今の自分があります。
――2018年に工学院大学に着任された当時もマイクロ流体デバイスを専門にされていました。
工学院大学には、他大学に誇れる高性能なマイクロ・ナノ加工装置類を完備した大変に充実した共用のクリーンルームを有する研究施設があり、不自由なくマイクロ流体デバイスづくりと実験を行えるすばらしい研究環境が整えられています。しかし、2020年のコロナ禍ではキャンパスへの出入りが制限され、デバイス研究を思ったように進められない状態になりました。この困難な状況下で、マイクロ流体デバイス以外で新しい研究領域に挑戦できないかと模索した結果、顔パーツ検出エッジAIを利用した肌の美容効果や歯のホワイトニング効果をモニタリングするためのスマートフォンアプリの開発、いわゆるAIソフトウェアの研究にたどり着きました。学生のスマートフォンを用いて、学生自らが実験参加者となり、自身の画像を撮影するアプリ実験なら在宅でも研究ができる。これまでの専門とは全く異なる研究領域でしたが、所属の機械システム工学科は、プログラミング教育に力を入れており、学生がAIソフトウェア開発研究に必要なプログラミングスキルを充分に身につけていたことも、この領域展開の後押しとなりました。
健康増進を後押しする「美容」ならではの効果に着目
マイクロ流体デバイスからAIソフトウェアの開発研究へ。大胆な分野転向を行っても、金田先生には人々の健康を支え、社会に役立つ研究をしたいという変わらない想いがありました。そこで着目したのが、少し意外にも思える「美容」というキーワードです。肌や歯の色の変化を精密に捉える画像取得技術を開発し、美容効果を数値で科学的に評価するアプリをはじめ、自撮りによって、自宅で手軽に美容効果を評価できるAIソフトウェアの研究を数多く手掛けています。
――人々の健康増進というご自身の研究の最終到達目標を踏まえて、美容に着目した理由は何でしょうか。
効果的な美容ケアにより、その人本来の美しさや若々しさを維持することができます。一方で市場には数多くの美容製品があり、果たしてどの製品を選べばよいのか、お悩みの方も多いのではないかと思います。これは、製品使用後の美容効果に関する結果、すなわち画像やグラフなどの科学的データが不足していることが原因の一つです。また、製品使用後の美容効果を消費者が正確に把握する手段がないという現状もあります。そこで我々は、「手軽に」「自撮りで」「自宅で」美容効果を数値で評価するためのアプリを開発しました。このアプリを使えば、たとえば現在使用中のスキンケア製品の継続や切り替えを数値結果で判断でき、これにより望みの費用対効果や時間対効果を持つ製品を選びやすくなると考えています。また、美容効果を数値に基づいて確認できれば、ケア継続のモチベーションにもつながります。効果的なケア継続により、実年齢より若く見られる機会があれば、うれしい気持ちになり、さらなる好循環が生まれます。若々しさの維持には、健康が密接に関わっていますので、美容をきっかけに健康への意識がより高まれば、健康寿命の延伸や医療費や介護費の抑制にも貢献できると考えております。
――毎回の撮影で顔の大きさと向きを揃えた画像を取得できる「顔の美容モニタリング用スマホアプリの開発」の論文が学術誌『Skin Research and Technology』に掲載されるなど、早速実績を挙げられています。開発するアプリのアイデアはどのように広げているのでしょうか。
「分野を問わず、自分が好きなこと、楽しいと思えることは何か、を考えることをきっかけに自身がやりがいを感じる研究テーマを選びましょう」と学生には呼びかけています。アプリ開発研究では、どんなアプリだったら自分が使いたいか、を起点に学生と対話を重ねながらアイデアを出しています。私自身が興味のあった肌や歯に関するアプリに加え、学生の発案で、筋トレの効果を評価するためのアプリなどの開発も手掛けています。研究指導のなかで重視しているのは、ただアプリをつくるのではなく、アプリをどう社会に広げるか、どうやったら社会実装や事業化につながるか、までを考えてみること。「アプリ」だけではなく社会に受け入れられる「サービス」として展開する視点が、社会貢献を実現するために必要だと思っています。
――新たな領域に挑戦して2年ほどが経ちました。これからのビジョンをどのように描いていますか。
自分が成長させていただいたように、研究室が人間育成の場として機能するよう、研鑽を積んでいきたいです。研究室としての目標は、人々の健康増進に貢献する次世代の研究者の輩出と、自らが開発した技術やアプリを基にした起業家の輩出です。藤井先生のもとで始めたマイクロ流体デバイス研究も、この度始めた美容に関する研究も、未知の領域への挑戦でした。現在も、肌や歯をはじめとした美容やAI技術に関してもまだまだ知識不足であることを自覚しています。壁にぶつかっては情報を集め、学生と共に学び、協力しながら壁を乗り越える、を繰り返すことで研究を前に進めています。なかなか越えられない高い壁に行く手を阻まれたときには、焦りや苦しさも感じますが、未知の分野に挑戦するからこそ得られる学びの楽しさと、協力して壁を乗り越えられた瞬間の感動は、私自身が研究を続けるよろこびにつながっています。
本記事で用いたマネキンヘッドの撮影結果と実験の様子の動画は、クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際(CC BY 4.0)の下で再利用可能なHashimotoらによる学術論文” A smartphone application for personalized facial aesthetic monitoring”に掲載された図と動画を改変したもので、当該論文はSkin Research and Technology誌、Vol. 30、e13824、2024に掲載されています。