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建材、採光、インテリアまで精緻に再現 1/20模型で迫る名作建築の魅力 2024

建築デザイン学科 冨永研究室では、毎年「とみ展」と題し、建築模型を中心とした展示企画を開催しています。
今年の「とみ展」は2部構成で、第一章は研究室の設立初年度から続く名物企画「住宅研究ゼミ」、第二章は2018年からご縁がある小伊津集落との「小伊津プロジェクト」についての紹介です。

今回のnote企画では、研究室のみなさんに企画の趣旨や展示の見どころをじっくり伺いました!

設計者と施工者の想いをくみ取る「住宅研究ゼミ」

インタビューに答えてくれた「とみ展」リーダー堀田将斗さん

-「住宅研究ゼミ」はどんな企画ですか?

堀田さん:
冨永研究室で2011年度から毎年行っている3年次後期セミナーです。このゼミでは、それぞれの時代を代表するいくつかの住宅について研究します。
まず、住宅の資料や文献を調査し、建築家や住宅の概要、周辺環境、構造を把握し、理解を深めます。その後、1/100模型の制作を通じて建築家の思想や空間構成を分析します。さらに、1/20模型を制作し、空間どうしの関わり、プロポーション、使われ方を疑似体験します。

-冨永先生、この研究課題を出した意図について教えてください。

冨永先生:
住宅は最小単位の建築であり、建築の基本的な要素がすべて詰まっています。一つの名作住宅を徹底的に調べて設計者の思考プロセスを学び、1/20模型の制作を通して住空間を疑似体験するこのゼミは、あらゆる設計の基礎トレーニングとなります。学部3年後期という大事な時期に、このようなトレーニングは非常に有効だと考えています。

-今年の企画には、どんな特徴がありますか?

堀田さん:
今年のテーマは、「色・素材・開口 ~3つが織りなす空間体験~」です。住宅を構成する要素は様々ありますが、私たちは特に色、素材、開口の3つに注目しました。今年度は、木の素材感が強い旧園田邸と、色や開口が目を惹くアパートメントハウスを選びました。そのため、過去に先輩方が作成した作品についても、これらの視点から再度分析を行いました。

-OBが制作した模型との比較研究について教えてください。どんな発見がありましたか?

堀田さん:
昨年は、自分たちで作った作品とOBの作品を1対1で比較していましたが、今年は展示した7作品すべてについて、色、素材、開口にどのような特徴があるかを分析しました。それぞれの作品において、最も空間に影響を与えている要素でグループ分けし、並べました。
どの建築も、一つの要素だけでは成り立たず、様々な要素が複雑に絡み合っていますが、中には色と開口、色と素材など、複数の要素が組み合わさることで空間に影響を及ぼし、心地よい場所が生まれるものもあるという発見がありました。

住宅の設計においては、複数の要素が絡み合い、空間に独自の魅力を与えているのですね。ここからは、今年度制作した模型をご紹介します。

旧園田邸

制作:松本航汰、金子翔、許裕伊

インタビューに答えてくれた 松本航汰さん(左)、金子翔さん(中央)、許裕伊さん(右)

-作品について教えてください。

許さん:
旧園田邸は、ピアニスト・園田高弘とその妻・春子の住まいとして、「グランドピアノが2台置ける」ことを条件に吉村順三によって設計された住宅です。開放的な吹き抜け部分と対照的に、天井の低い居間は、角に配した窓から見える庭の景色や風通しが配慮され、コーナーには暖炉が配置されるなど、様々な空間が混在しています。造り付けの収納や可動式の家具など細やかな工夫で、海外からも訪れる夫妻の来客に対応できるように計画されました。
戦後間もない時期、壁の中に綿を詰めるなど手に入る材料で防音にも配慮されており、吹き抜けを介して家のどこからでもピアノの音が聴こえる設計になっています。

-作品の特徴を教えてください。

金子さん:
旧園田邸は、狭小住宅の一つであり、面積が狭いながらも狭く感じさせない工夫が凝らされている点が魅力です。例えば、一階のリビングと音楽室は壁で仕切られていませんが、それぞれ異なる素材を使用することで、壁を用いずに異なる空間を演出しています。

-模型を見るときに、一番注目してほしいポイントはどこですか?

松本さん:
素材の色味や質感、家具や小物のリアルさにこだわりました。
特に1階居間の空間に力を入れています。ピアノ、暖炉、ソファ、写真、壺など、力作ぞろいなので、ぜひ注目して見ていただきたいです。

-冨永先生のコメント

冨永先生:
旧園田邸は巨匠・吉村順三の名作であり、音楽家である施主のためにグランドピアノが2台置かれていた点が特徴です。狭小住宅の内部空間はピアノを中心に作られており、まるで音楽室に人が住んでいるかのような状況ですが、その特殊な条件が逆に豊かな空間を生み出しています。今回は模型制作前に実際に見学し、制作後に再び訪れることで、自分たちの解釈の答え合わせをするという贅沢な体験ができました。小さな住宅の中にあるメリハリのある空間を感じていただければと思います。

アパートメント・ハウス

制作:小林ちひろ、長島真実、渡邉里美

インタビューに答えてくれた 小林ちひろさん(左)、長島真実さん(右)

-作品について教えてください。

長島さん:
河内一泰氏によって設計されたこの住宅は、8戸からなる木造2階建てアパートが戸建て住宅に改修された事例です。河内氏にとっての建築は「かたち」のデザインであり、空間をつなぐことで、遠くのものから近くのものまでが一度に目に飛び込んでくる「高密度な空間」を目指して設計されています。この住宅では、空間の切り取り方と配色によって、3次元の空間の中に2次元の空間が生まれたような奥行きが感じられます。

-作品の特徴を教えてください。

長島さん:
この住宅の特徴は、別々の空間を組み合わせた「パッチワーク」のような空間構成にあります。分析を進める中で、壁を取り払うだけでなく「空間」を抜く方法があることを学び、建築の自由さを改めて感じました。模型を制作する過程で、アパートメントハウスは一見すべての空間がつながっているように見えながらも、実際にはきちんと分けられており、家族それぞれの居場所が確保されていることを実感しました。
一般的な住宅に比べて規模が大きく、家族4人には広すぎると感じますが、その分、毎日新しい発見がある楽しい暮らしができそうで、自分自身も住んでみたいと思いながら模型を制作しました。

-模型を見るときに、一番注目してほしいポイントはどこですか?

渡邉さん:
小口を細く見せるため、45°に切り出した9mmの材と24mmの材を組み合わせる方法を模型でも表現しました。このこだわりにより、切断面が細く繊細な構造をつくり出し、設計者の河内一泰さんが目指した「高密度な空間」を再現しました。また、インナーバルコニーの手すりを細い糸で表現したことや、シャンデリアの再現度など、繊細な表現が多く集まっているところにも注目していただきたいです。

-冨永先生のコメント

冨永先生:
アパートメントハウスは長屋のリノベーションであり、設計者の河内一泰さんは「3次元空間の中に2次元の世界を挿入すること」を試みています。1/20模型で色やディテールまで精緻に表現することで、写真や図面ではわかりにくいその実態を理解できました。刻々と変化する住まいの風景をぜひお楽しみください。

集落の魅力を再発見「小伊津プロジェクト」

とみ展のもう一つの企画が、「小伊津プロジェクト」の研究発表展示。
修士課程の学生たちが中心となり活動しています。

インタビューに答えてくれた 佐藤慧さん(左)、久保桜子さん(右)

-「小伊津プロジェクト」はどんな企画ですか?

久保さん:
「小伊津プロジェクト」は、島根県出雲市に位置する小伊津町を対象に、2018年から継続的に取り組んできた冨永研究室の活動です。海の恵み豊かな集落の風景と温かな住民の皆さんにすっかり魅了された私たちは、2018年から住宅実測調査やヒアリング調査を行い、集落の構成や住居形態、特徴的な景観について様々な観点から分析・考察してきました。また、調査報告書の作成やワークショップの実施、小伊津の魅力を伝えるZINE(フリースタイルの冊子)の作成など、毎年小伊津を盛り上げる活動を続けてきました。 
昨年、私たちの活動を聞きつけた東京在住・小伊津出身の金築さんが現地の空き家を提供してくださることになりました。2023年度に空き家の実測調査を行い、その成果をもとに、今年度は空き家の利活用方法について図面を引いたり、模型制作をしたりしながら検討を行いました。

-冨永先生、この研究課題を出した意図について教えてください。

冨永先生:
冨永研は、2018年以降コロナ禍も途切れることなく小伊津集落を盛り上げてきました。活動を継続できたのは、何度訪れても発見のある集落の美しさと、温かい住民の方々のおかげだと感謝しています。東京の一大学の一研究室が、建築やまちという切り口を通して地域に関わり続けることの可能性を、今も継続して試みています。

-小伊津集落の特徴・魅力を教えてください。

久保さん:
小伊津の魅力は、海と山に囲まれた斜面に建つ集落の独特の地形と、小伊津に住む皆さんの温かさです。漁業の発展や自然災害など、様々な変化を受け入れて日常生活を対応させてきた人々と町の様子は、まさに「集落の理想系」です。そこで暮らす小伊津の皆さんは毎年私たちを優しく迎えてくださり、その度に学生は小伊津のファンになって帰ってきます。

-小伊津集落の空き家利活用について、どんな提案を考えましたか?

久保さん:
本提案では、空き家の利活用を3つのフェーズに分け、長期的に取り組みたいと考えました。フェーズ1では冨永研究室の作業場として使わせてもらい、フェーズ2ではその作業場を小伊津の人々が使える場所として開放します。フェーズ3では空き家を宿泊可能な施設に改装し、外部からの訪問者との交流の場にしたいと考えています。改修については、1階の畳の座敷や2階への階段、美容室の懐かしい雰囲気や使われている素材は残しつつ、2階に新たにカフェを設置し、1階の土間は金属調の素材で一新する提案を行いました。元々の建物が持つ特徴的な部分は残しながら、壁や床材、建具を改修し、新旧のグラデーションを感じられる空間にしていけたらと考えています。

-小伊津プロジェクトで印象に残ったことや学んだことを教えてください!

久保さん:
利活用提案をメンバーで試行錯誤しながら、紡いできた提案を模型として表現できたことです。1/20という非常に大きな模型であり、作業は切羽詰まっていましたが、無事に完成させることができました。本来はフェーズごとに3つの模型を1/50で作成する予定でしたが、冨永先生の提案で最終フェーズの1/20模型を1つ作成することにしました。結果的に1/20スケールで表現できたことは、良い経験になり、とても嬉しかったです。

佐藤さん:
今回のプロジェクトでは、金築さんという施主がいる状況で、初めて設計を行いました。これまでの設計とは異なり、現状を理解した上で提案を行い、金築さんの反応を直に見ることができました。提案していく中で、金築さんの喜ぶ姿をみて、達成感を感じ向上心が高まりました。今回のような対人でのプロジェクトは、社会に出た際にも非常に役立つ経験であり、社会に出る一歩手前のこの時期に、貴重な機会を得られたことは有意義だったと感じています。

個性あふれる冨永研究室

-今回の展示企画を通して、どんなことが印象的でしたか?

堀田さん:
住宅が大好きでこだわりの強いメンバーと一緒に、模型作業や分析のまとめについて多くの話し合いを行いました。意見が分かれて進まないこともありましたが、話し合いを重ねたからこそ、とてもよい展示になったと感じています。一番大変だったのはスケジュール管理です。初めてこのメンバーで展示を考えて行うことや、昨年度留学していて実際に模型を作っていないメンバーが多かったため、先生や先輩方にご迷惑をかけてしまいました。しかし、多くのアドバイスをいただき、自分たちでも試行錯誤して、なんとか間に合わせることができました。

-研究室のメンバーや冨永先生について教えてください!

堀田さん:
冨永研究室のメンバーは学年関係なく仲が良くとてもにぎやかです。イベントごとが多いのも特徴です。先輩方は、建築に関することはもちろん、それ以外のことも気軽に相談でき頼れる存在です。
冨永先生は、学生に寄り添い、学生にしかできないことを存分に後押ししてくださいます。普段は優しく、建築にとても真摯な先生ですが、イベントごとは一緒に楽しみたまにお茶目な一面を見せてくださることもあります。毎年新入生の似顔絵を描いてくださり、みんなとても気に入っています。

過去を捉えなおし、アップデートする

-冨永先生、全体の総評をお願いします!

建築デザイン学科 冨永祥子先生

「住宅研究ゼミ」

冨永先生:
昨年度の学部3年は半数がハイブリッド留学に行ったので、日本に残った6名で住宅研究ゼミをおこないました。学部4年のこの時期に全員揃ってとみ展をやることで、住宅ゼミ経験者は自分の学びを反芻し、ハイブリッド組はゼミの凝縮体験をすることになります。お互いの異なるモチベーションがいい効果を奏していると感じます。

「小伊津プロジェクト」

冨永先生:
これまでの活動が実を結び、昨年度は集落内の空き家をご提供いただきました。先日、提供者の方をとみ展にお招きし、空き家の利活用提案を学生らがプレゼンできたことは大きな収穫でした。
今年の夏には小伊津集落内に学生が制作した椅子を置いて住民の方に使っていただく「小伊津家具ワークショップ」を行います。学生の時に大学の外の世界とつながることができるのは、研究室プロジェクトの最大の魅力だと思っています。

また、これまでは自分たちの研究活動を発信してきましたが、昨年度は地元の方の活躍を取材した小伊津ZINE「集落パッチワーク」を作成しました。そして、この本を通してより多くの人に小伊津の魅力を伝えたいという大学院2年生らの熱意が伝わり、日比谷しまね館・タリーズコーヒーとのコラボ企画である写真展「小伊津へ旅に出る。」が実現しました。

写真展は、会場のいたるところに小伊津の写真や動画が展示され、来場者の方は館内を歩き回りながら、「小伊津を一緒に旅するような体験」を味わえる空間となっています。
展示は7月6日(土)から8月6日(火)まで開催予定です。ぜひ皆さんお誘いあわせの上お立ち寄りください。

学生たちが毎年頑張ってくれるので、まだまだこれからも小伊津との関わりは続けていけそうです。

-これから建築を学ぶ高校生へメッセージをお願いします!

冨永先生:
建築の世界はあまりにも広いので、全部をまんべんなく学ぶことは不可能です。その時に大事なのは「自分はこれが好き」という気持ち、言い換えれば「自分のものの見方の軸」です。なんでもいいから他には譲れないことや、ちょっとだけでも他の人よりうまくできることを見つけてください。その切り口を深堀することで、少しずつ建築の世界が開けていくと思います。
工学院大学は、各分野の建築のプロフェッショナルがずらりと揃っています。こんな恵まれた環境を生かさないのはもったいない!ぜひ私たちと一緒に建築を楽しみながら頑張りましょう。

冨永研究室の皆さん

冨永研究室のInstagramでは、「とみ展」で展示したすべての作品を紹介しています!ぜひご覧ください。