エンジニアと巡る上野動物園の裏側 来場者も動物たちも喜ぶ環境へ
工学院大学では、実験・実習やPBL(問題解決型学習)科目を実施しており、講義で学んだ知識を実感し、実践力を身に付けることを目指しています。この企画では、工学院大学ならではの授業に潜入し、その様子をご紹介します。
今回紹介する授業は、工学部電気電子工学科の「照明・表示システム」。新井 英伸先生は、公益財団法人 東京動物園協会にエンジニアとして勤める傍ら、工学院大学で本授業を担当しています。
工学院大学の卒業生でもある新井先生は、現場を見て学びを深めてほしいという想いから、この授業の一環として上野動物園で照明や施設管理に関する見学会を実施しています。今回はその様子をお届けします。
パンダの森
上野動物園の人気者といえば、初来日から50周年を迎えたジャイアントパンダ。パンダの生育環境を整えるのも、エンジニアの仕事の一つです。
上野動物園では、2月に中国に帰るシャンシャンを含めて、現在5頭のパンダを飼育しています。暑さに弱い動物のため、空調機器の維持管理が重要です。そして忘れてはいけないのが、パンダの食料である笹や竹の保存。パンダ舎の中には常に食料を新鮮に保つためのミストを完備した専用の貯蔵庫があります。他の動物たちにもいえることですが、来園者がよりよく観察でき、さらにパンダが隠れ家や休息にも使えるように、放飼場内の樹木の剪定も大切です。
小獣館
小獣館では、小型の動物たちを展示しています。その多くは夜行性で、暗闇で活発に活動しますが、真っ暗では来場者は動物の様子を楽しむことはできません。そこで、この展示スペースでは、夜行性動物と人の視覚差を利用した赤い照明が採用されています。類人猿以外の哺乳類が赤色を感知しないため、展示されている動物たちはこの空間は真っ暗と感じ、一方の人間は、動物たちを見つけることができます。
多くの動物園で採用されている展示方法なのですが、新井先生は課題を感じています。赤い照明の中では、動物たちを観察しづらく、体の色も識別できません。もっと来場者にとって見えやすくかつ動物の生態に合う照明を開発することができないか、産学協働で研究を進めていることが紹介されました。
両生爬虫類館
この建物では、館内の照明が外からの光の量に応じて、自動調節されます。同設備を取り入れたのは、日本でこの両生爬虫類館が初めてだそう。ガラス張りの温室のような作りで、晴れた日の昼間は太陽光だけで十分な明るさのため、自動消灯され、天気や陽の傾き具合で照明の明るさが調整されます。節電につながるこの仕組みは、園内の別施設や他の動物園でも採用が検討されているそうです。
こもれびの小径 / 閑々亭
「こもれびの小径」は、動物園の東側にある園路です。木々が生い茂り、昼間でも薄暗く感じます。景観を壊さずに足元を明るく照らす照明の設置を予定しており、現在は仮設置に向けて準備を進めています。
小径の右側には、上野動物園のマークにもなっている丹頂鶴の姿が。このあたりは上野動物園が開園した140年前からの敷地で、丹頂のゲージの上部は当時のままとのこと。何もかも新しくするのではなく、古い物も維持しながら、より快適に観察できる状態に改善しようとする姿に、日本最初の動物園のプライドを感じます。
「こもれびの小径」のすぐそばにある閑々亭は、歴史的建造物。 寛永4年(1627年)に藤堂高虎が建てた茶室です。彰義隊の戦いの際に焼失しましたが、明治11年(1878年)に再建されました。利用者の利便性を追求することも大切ですが、景観に配慮し照明を離れた場所に配置するなどの工夫も行っています。
重要文化財 五重塔
動物園の一角にそびえ立つ五重塔。寛永16年(1639年)に焼失しましたが、同年に再建されました。現在は東京都の管理下で、約400年前に上野東照宮の一部として建立されてからこの場所にその姿をとどめています。
赤い建物を際立たせるため、夜には白色照明でライトアップします。照明の光は、動物園来場者の帰路案内も兼ねているそう。普段は管理を担当する職員以外は入れませんが、特別に学生たちは中まで見学をさせていただきました。
アザラシ・アシカの海 / 水処理設備
新井先生がひと際、大規模な設備が必要と語るのが水生動物の飼育。アザラシやアシカ、シロクマなどが住める環境にするためには、きれいな水が大量に必要です。
学生たちはバックヤードにある水処理設備を、特別に見学させてもらいました。この設備では1時間に約70トンの水をろ過し、常に水が循環している状態を作り出しています。また、季節を問わず動物たちが住みやすい水温に調整しています。
不忍池 / 浄化施設
上野恩賜公園には、約11万㎡の天然の池、不忍池が広がっています。この池は3つの池からなり、それぞれ蓮池・ボート池・鵜池と呼ばれています。その中で動物園が管理する鵜池には、2万t以上の水があり、昔は海だったため少し塩っぽいのが特徴です。落ち葉や汚泥を取り除き脱臭し生き物が住みやすい環境を整えるため、大規模な設備で池の浄化を行なっています。その結果、大都会にあるこの池に様々な鳥や生き物たちが訪れ繁殖しています。
不忍池 では蓮の花が満開となる夏に合わせて、夜間に彩り豊かなライトアップを検討中。生き物と共存し、人々が楽しめる環境を考えます。
園内を巡りながら、さまざまな現場の様子を教えてくれた新井先生。照明ひとつとっても、専門家や飼育担当とのコミュニケーションの中で情報を集め、環境に適した設備を取り入れることが大切であることを教えてくれました。上野動物園のエンジニアとして、常に設備をアップデートしようと考え続ける姿勢は、参加学生たちにとって大きな刺激となりました。
工学院大学noteでは、さまざまな授業の様子をレポートしています!ぜひご覧ください。