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首都直下地震で、大都市はどうなる? 高層ビルの被害を解説

今年、東京都の首都直下地震等による被害想定 が10年ぶりに更新され、工学院大学noteでは、新しい被害想定のおさえておきたい3つのポイントを公開しました。
今回は、大都市で予想される被害について、前回に引き続き防災・減災の研究が専門の久田嘉章教授にお話を伺いました。

まちづくり学科 久田 嘉章 教授
地震動の数値シミュレーション開発や有効な対策など、震災に備えた安全なまちと建物を実現する研究をしています。工学院大学 都市減災研究センター長として、巨大都市の防災に向き合う「エリア防災+新宿」事業(2016~2020)を牽引。官民連携で西新宿エリアの災害対応の向上に力を入れてきました。
新しい首都直下地震等の被害想定では、主に長周期地震動を受けた高層ビルの様相、耐震化の被害低減効果、帰宅困難者のシナリオなどを監修しました。

高層ビルを大きく揺らす長周期地震動とは?

マグニチュードが7程度以上の大規模の地震が発生すると、大振幅の長周期地震動が生じます。この地震動は、周期(揺れが一回往復するのにかかる時間)1~2秒以上で長くゆったりと揺れるのが特徴です。マグニチュードが8程度以上の巨大地震では、非常に長い時間の揺れが続くことが予想されています。

高層ビルは短い周期の揺れには上手く逃がすことができるのに対して、この長周期地震動が発生すると共振現象により、長く大きく揺れ続けることがあります。
建物内でこの揺れを経験した方は、「ミシッミシッと鈍い音がして大きく左右にゆっくり揺れ、大船に乗っているよう」と表現しています。

気象庁ホームページより引用(https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/choshuki/choshuki_eq1.html)

東日本大震災 新宿キャンパス29階は震度6弱

2011年の東日本大震災でも、長周期地震動が発生しました。超高層ビルの工学院大学新宿キャンパスでは、大きな揺れを観測。地下階では震度4だったのに対して、29階では震度6弱を記録し、高層階(20階あたりから上)は30cmほど左右に揺れました。

東日本大震災の際、工学院大学新宿キャンパスで発生した揺れの観測結果

高層ビルで予想される被害

高層ビルは倒壊しないが、長く大きく揺れる

首都直下地震が発生した際、高層ビルは高層階ほど大きく揺れますが、一般に耐震性が高く、倒壊する可能性は低いです。まずはこの知識を持ち、大きく揺れても地震が収まるまでその場に待機して、パニックに陥らないことが大切です。一斉に避難しようとして出口や階段で将棋倒しになり、慌てて外に飛び出すと落下物などが非常に危険です。

多数の建物が倒壊し甚大な被害が出た地震として、多くの人が思い出すのは、阪神淡路大震災(1995年)ではないでしょうか。阪神淡路大震災は活断層帯地震による神戸市直下の地震で、震度7の激しい揺れとなりました。

ただし、1-2階や中層の階が押しつぶされたり、傾いたりした大半の建物は1981年よりも古い耐震基準のものでした。その後、特に被害が集中した木造住宅では、耐震基準が2000年に強化されています。

想定されている首都直下地震では、ほとんどの地域で震度7に達しません。さらに首都圏にある多くの建物の耐震性が向上したため、10年前の東京都の被害想定に比べて、建物の倒壊による被害は、約3分の2まで少なくなる予想です。

建物の内部に起きる被害

仮に首都直下地震動(都心南部直下地震)が起きたとき、あなたは新宿駅周辺の鉄骨30階建ての超高層ビルの高層階にいたとしましょう。
1m近く左右に揺れた場合、立つことはもちろん、揺れに翻弄されて動くこともできません。事前に対策をしていなかった場合、家具等の転倒や移動、落下で負傷者が発生する可能性があります。
さらには、間仕切壁やドア枠が変形してドアが開かなくなったり、エレベータが急に停止して閉じ込められる可能性があります。

2011年3月11日、東日本大震災直後の研究室の様子(工学院大学)

振幅1mの揺れは人の感覚では大変な揺れですが、100m以上もあるビルのサイズと対比すると、建物を壊すほどではなく、安全性は確保されている可能性が高いです。

東日本大震災の時、工学院大学新宿キャンパス(29階建)は建物の揺れを観測する被災度判定システムを導入していたため、建物内が安全であることを直ちに判断し、適切な館内放送で周知できました。そのため在館者は落ち着いてその場に留まり、さらには約700名の新宿駅周辺の帰宅困難者を受け入れました。

地震発生時、大都市にいたらどうする?

「その場に留まる」が原則

建物の中にいた場合、明らかに床が傾いていたり、火事などの大きな被害が出ていなければ、そこに留まるのが原則です。
震度5強以上で公共交通機関は止まり、道路には渋滞が発生し、帰宅は難しくなります。大都市では大勢の人が移動することで、火災や群衆雪崩などの二次被害に巻き込まれることが予想されます。大渋滞は、救急車など人命救助に必要な緊急車両の妨げにもなりかねません。
 
新宿駅周辺では、建物にいたお客さんは建物の管理者の指示に従い、原則として建物内に留まることになっています。滞在する建物がない人は、新宿駅とは逆方向の公園に向かうことが推奨されています。

工学院大学新宿キャンパスは、新宿西口の災害対策現地本部。東日本大震災の時は、約700名の帰宅困難者を受け入れました

地下道やビル街で地震が起きた場合

ビル街や地下道で地震にあったら、まず身の安全の確保を優先してください。揺れが激しい場合は落下物が無いか確認し、屋外ではカバンなどで頭を守り、建物から離れてしゃがみましょう。

地下道では一般に揺れが小さく耐震性は担保されていますが、通路ですので基本的には留まることができません。停電になると昼間でも暗く、火事が起こると煙に巻かれやすい環境になります。管理会社のアナウンスに従い、落ち着いて外に出て状況を確認しましょう。

木造建物が密集している地域では延焼火災の危険性があります。火災が発生した場合、その場にいる人たちで協力して初期消火を行いますが、失敗した場合は近くの広域避難場所(広い公園など)に避難しましょう。

海沿いの低地や川沿いでは、揺れが収まったらすぐに高台か頑丈な建物の高層階に向かいましょう。揺れと液状化で堤防が壊れる可能性があり、津波・洪水などで、短時間で大量の水が入り込む危険があります。

必要な備え・災害対策

家具の落下・転倒防止

建物内部の激しい揺れを想定して、家具の転倒や落下を防止することが重要です。落ちやすい重いものやキャスター付きの家具、コピー機などは固定しておきましょう。

食料品・水の備蓄やトイレ対策

エレベータが止まり、ライフラインが断たれた建物に留まることを前提に、自宅では1週間、会社では3日以上の水や食糧、トイレ対策などの備えをしておきましょう。タワーマンションでの避難生活は、特に高層階の住民は移動が困難になります。エントランスや応接室など共用スペースを災害時にどう活用するかなど事前に決めておくといざという時に安心です。

発災対応型訓練を実施

ビルの高層階では地震直後は誰も助けに来ず、孤立する可能性があります。火災を想定した避難訓練だけではなく、建物内で火災や閉じ込め(ドアの変形やエレベータの停止など)や傷病者が出た場合を想定して、初期消火や救援救護など自分たちでできる対応の方法を事前に学ぶ「発災対応型訓練」を実施することが望ましいです。

工学院大学の学園防災訓練でも、予期していない傷病者への対応など
発災対応型訓練が取り入れられています

家族会議で発災時の行動を確認

移動先で被害にあった場合、その場に留まることを前提に、数日間は家族と会えないことを覚悟しておかなくてはいけません。
日中に職場や学校で大きな地震に見舞われたことを想定して、行動や避難場所を確認しておきましょう。具体的な行動がわかると、用意する物も見えてきます。
メール・電話・災害用伝言ダイヤル171など複数の連絡手段を確認し、さらに都外の親戚などの連絡先を共有しておくと、通信障害が発生した時につながりやすい可能性があります。

「その場に留まる」を前提に備えを

耐震化が進む大都市では、新しい建物では倒壊は起こりづらく、大きな地震が発生した場合はその場に留まることが推奨されます。街に甚大な被害が出て人命救助が最優先される場合は、数時間、一晩ではなく、3日程度その場に留まり続けることになります。自身の安全確保はもちろん、周辺に困っている人がいたら、ぜひ助けてあげてください。
会社や家に普段から必要な備蓄品を用意し、室内の被害を最小に抑える対策をしておくことで、地震が起きてもその場に留まり、互いに助け合える環境を整えておきましょう。