バイオマス廃棄物から新たな価値を生み出す「循環型システム」が描く未来とは
大量消費・大量廃棄から、資源の効率的な活用やリサイクルを推し進める「循環型社会」の時代へ。多様な分野で取り組みが進む中、先進工学部機械理工学科の白鳥祐介教授が挑戦するのは、バイオマス廃棄物を活用したグリーン電力を軸とするエビ養殖技術開発のプロジェクトです。舞台となるのはエビ養殖を主要産業とするベトナム・ティエンザン省。経済発展の著しいベトナムの地で、国内外の研究機関や企業と連携しながら、白鳥教授は現地の暮らしに直結する新たな循環型システムの実証を進めています。
環境負荷低減とグリーン電力の確保を両立するサイクル
――白鳥教授は長らく電極や触媒の材料開発をはじめとした、燃料電池の技術開発に取り組んできました。今回のベトナムでの研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。
そもそも私が燃料電池の研究をはじめたのは、大学院博士課程の頃まで遡ります。その後、海外での研究員生活を経て、九州大学で教員を務める中でベトナムからの留学生を教える機会がありました。その縁から「ぜひベトナムでも先生に研究の話をしてもらいたい」と、現地を訪れたことがきっかけです。メコン川下流のメコンデルタという地域で盛んに行われるエビ養殖が抱える環境課題を知り、ベトナムの研究者の方々と一緒に何かできないかという話になりました。
――養殖中に発生する有機汚泥の環境への排出、汚泥による養殖池の水質悪化、養殖池を新たにつくるためのマングローブの伐採など、多くの環境負荷が課題になっていたそうですが。
課題について聞いた後に現場に足を運びましたが、養殖池の多さに驚きました。そこから毎日のようにエビの排泄物、抜け殻、餌などの有機物を主とする汚泥が排出されている。この汚泥をメタン発酵に利用して得られたバイオガスを燃料電池に供給すれば、廃棄物処理とエネルギーの安定供給の両方を叶えられる、つまり廃棄物を出さないエビ養殖を実現できるだろう、というのがプロジェクトのはじめのアイデアです。
そもそも私が研究していた固体酸化物形燃料電池は、自動車などに使われる燃料電池と比べて作動温度が高く、純粋な水素ではなく有機物から発生させたバイオガスでも稼働することが特徴。汚泥の有効活用には適性のある技術だったのですが、この技術をどうすればメコンデルタ現地の方々にも使ってもらえるかと、そこからプロジェクト全体の“絵”を描いていくことになります。
実現のために、JICAと連携する研究支援制度「地球規模課題対応国際科学技術協力」(SATREPS※)に応募しました。発展途上国の社会的ニーズを、日本と発展途上国の研究機関が協力して研究し、人材育成と具体的な社会への還元(社会実装)を目指す制度であり、このプロジェクトに最適であると感じたからです。
その後2014年度にSATREPSに採択され、「高効率燃料電池と再生バイオガスを融合させた地域内エネルギー循環システムの構築」を実施しました。
※国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が独立行政法人国際協力機構(JICA)と連携して、地球規模課題の解決に向けた日本と開発途上国との国際共同研究を推進するプログラム
――多くの企業と連携していますが、どのような経緯で繋がったのでしょうか。
システムの軸となるバイオガスによる発電、メタン発酵のためのプラントづくり、エネルギーネットワークの構築、養殖の曝気装置といったパートでは企業との連携が不可欠だと考えていました。もちろんそれぞれの分野における研究者の協力も同様です。
そのため、実はチームづくりを1年間かけて進めました。「こういう研究プロジェクトがあるのですが、ぜひ協力していただけませんか」と、多くの研究者や企業に直接足を運んで説明を繰り返す日々です。はじめは「なんなんだ……」と思う人もいたと思いますが、熱意と誠意をもって話をするなかで、段々とチームのメンバーが集まってきた。そのメンバーと研究を進めて10年近くが経ちました。あの時に納得がいくまでたくさんの人に声をかけて本当に良かったと、このメンバーだからこそプロジェクトがうまく進んでいると痛感します。
――その結果、周辺の農業残渣と養殖池の汚泥をかけ合わせてメタン発酵させ、バイオガスを製造するという手法にたどり着いたと。
現地で捨てられていたエビ養殖池汚泥を見たら、プクプクと泡が出ていて、これはすでに発酵が起きているなと。ただしそれだけではエネルギーが十分に得られないので、周辺で盛んに栽培されている農産物(ココナッツ、サトウキビ、米等)の加工残渣と汚泥を組み合わせて発酵させる手法に至りました。エビ養殖の汚泥だけでなく、周辺の農村地帯から排出される廃棄物の有効活用にもつながっています。
SATREPSによる様々な支援を受けながら毎年ベトナムでワークショップを開催し、メコンデルタ現地の方々と技術対話を行いました。その際、多くの方々が「そんなに良いものなら早く使いたい」と強い興味を示してくれました。その期待に応えるために、さらなる技術開発を進め、社会実装に向けた取り組みを加速する必要性を強く感じました。
社会に役立つ技術の創出こそ、工学の価値
――研究は今後どのように進んでいくのでしょうか。
社会実装に向けて、2022年度に国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が支援する「エネルギー消費の効率化等に資する我が国技術の国際実証事業」に採択されました。工学院大学をはじめ日本とベトナムの多くの研究機関・民間企業から技術支援を受けて進んでいきます。2024年7月からは現地での実証運転を開始しました。
バイオマス廃棄物を活用したグリーン電力はエビの生存に不可欠な酸素を効率良く供給できる超微細気泡発生装置の動力に活用します。養殖池の酸素や水素イオン濃度をIoTセンサーでモニタリングし、各種データをクラウドで管理する循環システムです。機械、電気、化学、農学、情報工学などの幾多の領域が協働することで実現を見据えた体制になっています。
メコンデルタ地域だけでも約5万社のエビ養殖事業者があるとされていて、従来の養殖手法を使用している養殖事業者に、本システムを導入した場合、単位収穫重量あたり最大90%以上のCO2排出量削減が期待できると試算されています。今後はシステムの事業化に向けて、現地の人々に“使ってもらえる技術”に仕上げる段階に入ります。
ただ「環境に優しいですよ」というだけでなく、この技術によってエビ養殖業者の方々が大きなメリットを得られることや、手軽に機器を活用できることが大切で、使ってもらうことではじめて循環型社会への貢献というビジョンに近づきます。
――研究に熱を注ぐモチベーションはどこにあるのでしょうか。
社会に役立つ技術を生み出してこそ、工学の価値があると考えています。エネルギー問題は世界の重点課題のひとつ。そこに貢献しようというのは、工学の研究者として自然なことでした。思い返せば子供の頃に「捨てているゴミで何かを生み出せたらいいのに、もったいないな」なんて考えていたことが、廃棄物の利活用を考える現在の研究につながった原体験かもしれません。“ゴミをそのままポイッと入れたら、エネルギーが出てくる”そんな夢のような機械を子供の頃に思い描いていて、中学・高校の頃にはすでに研究者の道を志していました。学部生の頃の研究テーマから転向して、博士過程で燃料電池の研究をスタートしたことも、社会貢献という大きな目標があったから。子どもの頃からの理想を抱えたまま、研究者としていまに至っているのかもしれません。
――研究室で先生とともに研究に取り組む学生たちにも、そんな思いは受け継がれているかもしれませんね。
そうですね。この循環型システムの技術開発に、研究室の学生も関わっています。学生にはさまざまな現場で課題を見つけて、その解決のために技術を開発する視点と意欲をもってほしいと思っています。
燃料電池を導入した循環型システムをベトナムに実際に構築した背景には、学生に日々取り組んでいる研究が社会でどう使われているかを直接見せてあげたい、という教育者としての想いもありました。そのためにも「このシステムのここに私たちの技術が使われているんだ」と実感できるシステムを実現させたいですね。今後も学生と共に現地で課題を掴み、プロジェクトが軌道に乗るように研究を進めていきます。