見出し画像

急加速する産業DXに対応 建築学部のデジタル教育

社会全体のDXが急速に進む中で、デジタルツールの利用が当たり前になりつつある建築業界。働き方が大きく変わっていく中で、建築分野の教育にも変革が迫られています。
工学院大学の建築学部は、2022年に文部科学省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」の採択を受け、先進的なデジタル教育がスタートしました。

産業DXで変化する建設現場

建築業界で今、どんな変化が起こっているのでしょうか。
従来の建築現場では建築物1つに使用されている数万~数百万点近くの部材の情報を、デスクに積み上がるほどの図面や書類で管理しており、現場に負荷がかかる原因の一つになっていました。

DXが進む海外の建築現場では、図面さえなくなりつつあります。近年、日本の建築業界も、「BIM (Building Information Modeling)」をはじめとするデジタルツールの導入により、急速にDXが進んでいます。コンピュータ上の3Dモデルで、設計から施工、維持管理、解体に至るまでの情報が一元管理され、様々なシミュレーションも従来より簡単に行うことができるようになりました。

BIMで作られた3Dモデル。柱、階段、壁などの一つ一つが、素材、寸法、品番、色などの情報を持つ。BIMはプログラミングを使って操作することもできる。

建築業界が変わる中、産業DXを支える人材はまだまだ多くありませんまちづくり、エンジニアリング、デザインなど、それぞれの分野の中で専門知識を持つエキスパートは確実に増えている一方で、各分野を横断して、建築業界のDXを牽引するマネジメント人材の育成が急務となっています。

3つの最新設備を組み合わせたデジタルツインラボ

工学院大学がスタートしたデジタル教育の大きな特徴の一つが2022年秋に設置された「デジタルツインラボ」。学生たちが授業や研究室で実践的にデジタル技術を学べる3つの施設を学内に新設しました。
「デジタルツイン」とは、実際のものと全く同じものをデジタル空間上に再現し、リアルとデジタルの双子をつくること。「デジタルツインラボ」はこの言葉から着想を得ています。

1.コラボレーションスタジオ

新宿キャンパス2階 学術情報センター「工手の泉」に導入されたコラボレーションスタジオ。壁一面に配置された およそ 縦2m×横7mの巨大ディスプレイで、デジタル空間においても建築や都市のスケール感を把握することが可能です。
BIMモデルをリアルスケールで投影して確認することで、形・素材、床の傾斜による排水機能、室内の日当たりなど、従来では設計熟練者でなければ図面からイメージがわきにくかった細部についても、スケールを感じながら、複数人が一緒になって検討することができます。

リアルスケールのAutodesk Revit上の図面を見ながら議論

2.デジタルファブリケーションスタジオ

デジタル加工機の3Dプリンターと大型レーザーカッターが新宿・八王子ともに導入されました。 Grasshopper(グラスホッパー)などのデジタルツールによるビジュアルプログラミングで設計した模型パーツを、3Dモデル化しデジタル加工機で正確に制作することが可能。手作業では再現が難しかった複雑な形状の再現や新しい模型表現にチャレンジする環境が整いました。

大型レーザーカッター
椅子の立体モデルを作り、積層式3Dプリンターで出力

3.センシング+モニタリングラボ

28階建て超高層ビルの新宿キャンパスに地震計を設置。加速度センサーをリニューアルしたことで、地震の揺れをさらに正確にモニターできるようになりました。
ポータブル環境センサーは、室内の温度、空気の流れ、光をモニタリングし、可視化することが可能。人々が過ごしやすい室内環境を作るための建築技術や材料開発に役立てます。

地震計で計測した東日本大震災によるフロアごとの揺れ


DXマネジメント人材を目指すカリキュラム

1・2年生 デジタルの素養を身に付ける

2022年にスタートした建築学部デジタル教育では、1年生で分野横断的に基礎的素養を身に付け、建築業界におけるDXの全体像を理解した上で、学年が上がるにつれて専門性を深めていきます。学部一丸となり1年生から大学院まで体系化されたカリキュラムで、建築現場を牽引するDX人材を育成します。

  • 1年後期「建築デジタル概論・演習」
    建築学部デジタル教育の要となる授業。デザイン、設計、都市計画、環境計画まで、デジタル技術の活用に秀でた教授陣7名がオムニバス形式で教鞭を執ります。
    2限連続授業で、1限目は各分野におけるデジタル技術導入について講義で学び、2限目に基本ツールとなるBIM、Grasshopperによるビジュアルプログラミング、3Dモデリングなどを実際にパソコンを操作しながら学びます。

1年生の必修科目である「建築設計Ⅰ」の授業で、デジタル技術の基礎を学ぶ授業を実施


3年生 分野ごとの専門性を深める

3年生以降は、より専門的な技術の修得や、学んだ技術を駆使して実践的に学ぶ授業が中心となります。建築学部内の他学科授業を履修することもできるため、分野に捉われずデジタル技術を身に付けることが可能です。

  • 3年後期 「3DCAD・BIM演習」
    岩村先生、尾門先生が担当する建築学科3年生後期「3DCAD・BIM演習」。今や建築現場では欠かせないツールとなったBIMを実習形式で学びます。総合課題として、住宅、オフィスビル、校舎、寮など自分で選択した建物を実際にBIMでモデル化。図面、パース、集計表等をまとめたプレゼンテーションシートとして提出します。
    授業の後半では、コラボレーションスタジオの巨大ディスプレイで学生たちが制作した3Dモデルを投影。リアルスケールに近い大きさまで拡大することで、床の傾斜、窓サッシなどのディテールにまで、アドバイスが送られます。3Dモデルを拡大表示することで、廊下幅や階段の勾配などが適切であるか目視で確認できるのも、コラボレーションスタジオの大きな特徴。

  • 3年前期 「建築演習」
    建築学科3年生「建築演習」の授業では、1・2年生までに学んだ構造、環境、設備の知識を駆使して、グループに分かれ大型スポーツ施設を提案します。
    最後は迫力ある1/100模型を制作する意匠と技術の総合課題。
    設計や図面作成には、多くのチームがビジュアルプログラミング言語 Grasshopperを使用しています。3Dモデリングを活用することで、複雑な構造を持つ建築の設計・製図作業が可能。また、デジタル空間で構造解析を行うことで、自重、積載荷重、風、地震など想定される様々な負荷に耐える安全な設計であることをシミュレーションします。

2021年度作品「馴染み、迫る」。従来のスタジアムとは一線を画し、周りの自然と溶け込みながらも、存在感を放つ意匠のこだわった
完成した模型。屋根の複雑な曲面は、正確に再現をするため、3Dモデリングデータを利用して大型レーザーカッターで加工。
ビジュアルプログラミング言語 Grasshopperを使用。


4年生・大学院 デジタル技術を研究に活かす

4年生と修士課程以上では、これまで学んできた技術・知識が自身の研究へと活かされます。工学院大学には、構造からまちづくり、デザイン、防災までさまざまな分野で、デジタル技術を活かした研究が行われています。

  • 建築学科 建築構造 山下(哲郎)研究室
    ドームや体育館など、柱のない大空間を支える「空間構造」を研究。空間構造では、露出した骨組みが意匠面でも安全面でも重要な役割を果たします。3Dモデルでのシミュレーション実験、デジタルファブリケーションを駆使した構造倒壊実験などを行います。

体育館の柱を強度デジタルでシミュレーション(右)後、実際に振動実験を行った(左)
  • まちづくり学科 安全・安心 久田研究室
    久田研究室では、想定地震に対する地震動を数値シミュレーションする手法を開発
    し、震災に備えた安全なまちと建物を実現するための研究や、最近では都市型水害に対する研究も行います。


工学院大学は、2011年に日本初の建築学部を設立しました。今年度スタートしたデジタル教育も、国内で唯一といえる先進的な取り組み。
将来的には政府が推進するリカレント教育や現場のデジタル化支援も視野に入れたプログラム開発が検討されています。建築業界のDXを推し進め、人材育成を牽引し続けます。




この記事が参加している募集

学問への愛を語ろう

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!