「時代が追いついた」 中銀カプセル建築と移動する暮らし #Action
2022年9月、およそ半世紀にわたって東京・銀座の景色にインパクトを与え続けた個性的なデザインの集合住宅『中銀カプセルタワービル』が姿を消しました。
このビルの解体はさまざまなメディアで報じられていたため、ニュースを目にしたことがあるという方も多いかもしれません。
中銀カプセルタワービルはその名の通り、140個のカプセル型居住空間が集まって建築された建物です。ビルの取り壊しでは、集合体だったカプセルをひとつひとつ慎重に解体。取り出されたカプセルは、美術館での展示や宿泊施設としての活用、そして「動く建築」へと新たな役割が与えられ、次なる時代を歩み始めました。
Cast.建築デザイン学科 共生デザイン鈴木研究室(鈴木敏彦教授)
独特な見た目の『中銀カプセルタワービル』が誕生したわけ
取り壊された後も、さまざまな形で活用が予定される中銀カプセルタワービル。その設計を手がけたのは、1960年代から2000年代初頭にかけて世界を股にかけて活躍した、建築家の黒川紀章(くろかわ・きしょう)です。
黒川は、1960年代に弱冠26歳で「メタボリズム」という建築思想を提唱した人物です。メタボリズムは「新陳代謝」を意味しており、黒川は「建築においても生物のように新陳代謝し、社会や環境、人口、時代の変化に合わせて有機的に変化できるようなものを目指すべきだ」と、先鋭的な考え方を示しました。
黒川は当時、今後の情報化社会においては、移動しながら働いて暮らす「ホモ・モーベンス」が主役になる日が来ると予見していました。そこで、1970年に開催された大阪万博では「ホモ・モーベンス」のための全く新しい住宅として『住宅カプセル』を制作し展示。そのコンセプトに感銘を受けた中銀マンシオン株式会社(不動産業などを営む企業)のオーナーが、未来の新しい住宅の設計を黒川に依頼します。それを受けて誕生したのが、1972年に完成した中銀カプセルタワービルなのです。
黒川紀章の意志を継ぎ「動く中銀カプセル」をつくる
中銀カプセルタワービルでは解体前、住まう人のライフスタイルに合わせた多様な暮らしが営まれていました。実際に暮らしていたカプセルをみると、壁に絵を描いてアート空間にしていたり、DJブースに使っていたり、週末だけのセカンドハウスにしていたりと、その部屋の持ち主によってさまざまな使い方を楽しんでいたことが伝わってきます。
そうした「多様な暮らしや働き方」が実現可能な建築物を、黒川が50年前にすでに実現していたのは驚くべきことです。
本学の建築デザイン学科 鈴木敏彦研究室では、現代社会にマッチした『中銀カプセルタワービル』のコンセプトに、今こそ着目するべきだと考えています。黒川の提唱していた「動く建築」を実現させるために、淀川製鋼所とともに「動く中銀カプセル」の再生に尽力してきました。具体的には解体した中銀カプセルを、移動可能なトレーラーカプセルへとリニューアルしたのです。
しかし、カプセルを「動く建築」につくりかえるためには、重量という壁が立ちはだかりました。移動させるには車台を含めて3.5トンまでにしなければなりません。
解体したカプセル自体がすでに3.6トンと基準を超えていたため、不要な壁などを全て取り払い、インテリアや仕切りを最小限に抑えました。壁を無くしてスケルトンにしたことで、カプセルの構造が見え、図鑑を見るようなインテリアになったのは偶然の産物でした。
内装は、黒川のカプセル建築の象徴と言える丸窓をはじめ、近未来感のあるインテリアを施し、まるで秘密基地のような大人から子どもまでワクワクする空間に仕上がりました。
現在、鈴木敏彦研究室では「動く中銀カプセル」の再生を行った経験を活かして、CLT*という材料を使いながら新しいトレーラーハウスを開発しています。現代的なカプセルの使い方として、グランピング施設での活用などが考えられると期待しています。
*CLT(クロス・ラミネイティッド・ティンバー):ひき板を遷移方向が直交するように積層接着した木材材料。欧米を中心にマンションや商業施設の壁や床、構造体として普及している。
ニューノーマルな暮らしのヒントに
黒川は半世紀も前に、移動しながら働いて暮らす「ホモ・モーベンス」が主役になる時代を予見していましたが、現代社会は彼の予想通り、情報化が進み、携帯電話やノートパソコン・インターネットが普及して、どこでも働ける環境になりました。
コロナ禍をきっかけに、オンラインで働きながら他拠点を行き来する暮らしも一部では当たり前のものとなり、まさに黒川の提唱した「ホモ・モーベンス」の暮らしに時代が追いついてきたといえます。黒川の考え方や建築は、これからのニューノーマルな暮らしにヒントを与え続けてくれています。
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