性能や機能に加え、環境にも優しいプラスチックの開発を目指す
材料開発の急速な技術発展により、プラスチックの適用範囲が日用品から工業製品、さらには先端分野と益々広がっています。より優れた性能や機能を備えたプラスチック、特に高分子複合材料が次々と開発されており、その適用範囲は皆さんの想像以上かもしれません。工学部機械工学科の西谷要介教授、森野麻衣子助教は「環境に優しく、より軽く・強く・丈夫な新しいプラスチックの開発」を掲げ、研究に取り組んでいます。
環境に優しく、高性能・高機能なプラスチック
——一般ユーザーの視点から見ても、身の周りのモノにはプラスチック製品が欠かせない存在に感じます。研究者の視点では、プラスチック材料の重要性はどう変わってきているのでしょうか。
西谷:ペットボトルや容器包装などの日用品だけでなく、自動車や航空機、船などの構造材料としてプラスチックを活用することで軽量化が図れ、省エネルギーやCO2排出の削減に貢献できます。また、外観からはわからない機械内部にある歯車や軸受などのしゅう動部(部品同士が互いにこすれ合って動く部分)の部品にもプラスチックは多く使われています。機械や製品の高性能化や小型化に伴い、しゅう動部品に要求される性能や機能もより厳しくなっています。
——歯車や軸受もプラスチックがカバーしているのですか。どういうメリットがあるのでしょうか。
西谷:プラスチックは高温・高負荷には耐えられないという欠点はありますが、騒音・振動が少なく、軽量かつ大量生産が容易であることに加えて、自己潤滑性を有するため、潤滑油やグリースなどが要りません。歯車や軸受が金属同士の組合せですと、スムーズに動かすためには油を差すなどの潤滑や、定期的なメンテナンスが不可欠です。一方、プラスチックを使えば無潤滑でも使用できるため、メンテナンスフリーになるという訳です。宇宙空間や極低温下のようにメンテナンスが大変な場所で動くモノを始め、時計や自動車のように身近なモノの内部でプラスチックを使っているケースは非常に多くなっています。
——プラスチックの開発で、社会から求められているニーズの高いテーマは何でしょうか。
森野:化石資源の枯渇、二酸化炭素排出による大気汚染や地球温暖化、さらには海洋プラスチックごみやマイクロプラスチックの拡散といった環境問題が、非常に深刻な問題になっています。SDGsの観点からも、石油や石炭をはじめとした化石資源由来のプラスチックの代替材として、植物由来材料を原料とした高性能なバイオマスプラスチックの開発が必要不可欠です。バイオマスプラスチックは現状、食器などの日用品として使われていますが、産業機械への活用はまだこれからという段階です。一例として、ヒマシ油の原料であるトウゴマ由来のバイオマスプラスチックと麻繊維との複合化によるバイオマス複合材料を開発し、産業機械への活用を視野に研究を行っています。
プラスチック研究の過去・現在・未来
——プラスチックの研究は、現在までどのようなトレンドをたどってきたのでしょうか。
西谷:私が学生だった90年代以前、プラスチック(樹脂)、特に高分子複合材料の研究は、熱硬化性樹脂を母材とした繊維強化プラスチック(FRP)が
主流でした。熱硬化性樹脂は熱を加えて固めるプラスチックで、高強度で耐熱性もあり、現在でも航空機や自動車などの構造材料として使用されていますが、リサイクルが難しく成形に時間がかかるという欠点があります。
一方、熱可塑性樹脂は温めると溶け、冷ますと固まるため、リサイクルが容易で成形時間も短縮できます。そのため、現在ではペットボトルをはじめ、樹脂の9割を熱可塑性樹脂が占めています。私が学生時代にチャレンジした研究テーマは、熱可塑性樹脂をFRPの母材として用いた繊維強化熱可塑性プラスチック(FRTP)の高性能化と成形方法の確立です。特に熱可塑性樹脂は熱硬化性樹脂と比較して粘度が高く、繊維との含侵が難しいため、FRPとは異なる新しい成形方法を確立することが必要でした。2000年代にはナノサイズのフィラー(充填材)を用いたナノコンポジットの創製が中心となりました。現在は環境問題を考慮し、植物由来(バイオマス)のプラスチックや天然繊維などを使用し、石油由来よりも高性能なプラスチックを開発することにニーズが移っています。
——西谷先生が今の専門分野に進まれることになったきっかけを教えください。
西谷:幼少期から、モノを形作る「材料」に興味を持っていました。特に、高分子材料への関心は、学部時代の授業で、機械工学科にもかかわらず、複数の先生方から高分子材料の魅力について話を聞いたことがきっかけです。その中でも、プラスチック製品の成形加工、射出成形CAE(シミュレーション)やレオロジーに関する話に特に興味を持ちました。レオロジーとは、材料の変形と流動を扱う学問のことです。高分子材料は粘性(液体的な性質)と弾性(固体的な性質)の両方の性質を有する粘弾性を示すため、レオロジーが重要となります。また、レオロジーでは、私の大好きな数学を駆使するという点も魅力でした。高分子材料のレオロジーを極めていけば、材料を作るノウハウを数値化できるのではないか?と考えたのが、現在の研究に通じる出発点ですね。
——2010年代後半から工学院大学で学んできた森野さんは、どのような考えでプラスチック材料の研究に取り組んできたのですか。
森野:小学生の頃にNHKの情報番組を観て、ちょっとした工夫で暮らしが便利になる事例に興味を持ちました。自分も将来は暮らしを豊かにするモノづくりに関わりたいと考え、機械工学科に進みました。また、その情報番組で紹介された製品には、プラスチック製品が多く、日常生活でも身近に感じたことから、現在の研究テーマを選びました。
——西谷先生の高分子材料研究室では、これまで40社に及ぶ産学共同研究・受託研究を積極的に受入れ、研究成果を社会に還元してきたとうかがいました。パートナー先はどういった企業や団体が多いのでしょうか。
西谷:樹脂メーカー、充填材メーカー、機械部品メーカー、および完成品メーカーなどです。最近では研究室の卒業生がメーカーに就職後、「一緒に研究しましょう」と声を掛けてくれるケースも増えてきました。研究者冥利に尽きますね。
——今後の抱負をお聞かせください。
西谷:これまでにはない、環境に優しく、より軽く・強く・丈夫で新しい材料を開発し、さまざまな用途に適用されることを目指していきます。省資源化、省エネルギー化、環境負荷低減などに貢献し、地球環境を良くすることも課題だと考えています。私たちの研究成果が世界中に広まり、人類にとって明るい未来を構築していくことに貢献したいですね。
森野:今後も現在のような豊かな暮らしを守っていくためには、例えばバイオマスプラスチックの開発を進めるなど、環境負荷を低減しつつもプラスチックが使用できるような状況を作っていきたいと思います。