見出し画像

多彩な機能をもつ薄膜が世界を変える日を夢見て

先進工学部応用物理学科の永井裕己先生が開発するのは、わずか髪の毛の1000分の1という薄さでありながら、通電、発熱、発電、抗菌、防汚、防曇など多彩な性質を備えた機能性薄膜です。私達の生活に身近な太陽電池やリチウムイオン電池だけでなく、超伝導といった最先端技術への活用など、際限なく広がる可能性をどのように生かすのか。永井先生が抱く理想は、遠いアフリカの地にも向けられています。

先進工学部 応用物理学科 酸化物エレクトロニクス研究室
永井 裕己 准教授
研究キーワード:酸化物エレクトロニクス/薄膜/材料科学/固体化学

海外での体験が教えてくれた研究者としての生き方

――工学院大学出身の永井先生ですが、昔はどんな夢をもった高校生だったのでしょうか。

その頃の夢は薬学の研究者になることでした。化学が好きだったことから転じて、工学院大学の応用化学科に進学。研究者という夢はなんとなく、小さい頃から心に秘めていたと思います。

――その後、現在につながる薄膜の研究に取り組むことになります。無機材料に興味をもつきっかけがあったのでしょうか。

無機材料への興味の起点というより、私の研究者としての歩みを決定づける出来事が学生時代にありました。それが旅行で訪れた国での体験です。
学生の時はリュックひとつで旅をするバックパッカーが流行っていて、私も例に漏れず海外に出てみようと訪れた国で現地の子供に囲まれて、「お金を要求されるのかも……」と身構えていたら「ペンをくれないか」と言われました。なぜお金ではなくペンなのかと、大人たちに尋ねてみると「簡単じゃないか。勉強したいからだよ」と。いま振り返っても鮮明に覚えている記憶。20歳そこそこの私には、大きな衝撃でした。

――子供が置かれた境遇における、日本との差に驚かれたのでしょうか。

その驚きよりも、自分自身の立場や責任を痛感したというか。大学で勉強をして、少なからず研究者をめざす一人として、私は日本に帰って何をしたらいいのか、何をすべきなのかを深く考えるきっかけになりました。
その後、4年次の研究室選びで出合ったのが佐藤光史先生(工学院大学第8代学長)の研究室です。「窓ガラスを太陽電池に」というテーマに惹かれて選んだのですが、その時にはすでに、途上国の社会環境改善に貢献したいというビジョンを持っていました。

――それが現在に至り、ポリシーになっていると。

先進的な技術を追求し、世界の課題解決のために活用する。研究者ごとにめざすものは多様ですが、私が志しているのは、この点に尽きるとも言えます。
薄膜の研究のなかでも、現在は銅膜の形成、それを利用した太陽電池をはじめとするエネルギーデバイスの作成技術の確立を大きなテーマとしてます。これは、銅が豊富に産出されるアフリカ南部のナミビアで、電力を使わずに化学反応のみで作成できる太陽電池の技術を普及できれば、現地の人々が主導となって社会環境を改善するシステムを生み出せる。これがいま考えている研究のターゲットです。

日々の研究は“探偵ごっこ”を楽しむような感性で

光や熱を電気エネルギーに変換する太陽光発電の技術は物理の分野に属し、蓄電のためのリチウムイオン電池は化学の分野に属します。工学院大学の先進工学部は、学問領域を超えた横断的な研究がテーマであり、双方の技術を取り入れた永井先生が手掛ける薄膜はそのテーマを体現するもの。さらには抗菌、防汚、発熱など多様な機能を備える機能性薄膜で何かできることはないかと、研究室では多彩なテーマに取り組んでいます。

――薄膜の機能の多様性を考えると、太陽電池・リチウムイオン電池以外にも実用化のアイデアは広がっていきそうです。

たとえば研究テーマのひとつである抗菌抗ウイルス材料の開発も、化学と生物の両方の知識が必要です。先進工学部の特徴を踏まえ、領域ごとの技術を融合して新しい製品や技術を開発できないか、という発想が研究の起点になっています。
透明で薄い太陽電池や防汚性を備えた材料は住宅への応用などにも考えられるでしょう。機能性薄膜は応用性の高さが特徴なので、学生たちも佐藤先生から受け継いだ分子プレカーサー法という薄膜形成技術を活用しながら、銅薄膜の形成や無色透明のヒーター、防汚性を生かした材料開発など、様々なテーマに取り組んでいます。

――社会貢献をめざした技術開発という点が、研究へのモチベーションになっているのでしょうか。

誰かのために役立つ技術を、世界の平和につながる技術を生み出すことが、学生とともに描くビジョンです。ノーベル平和賞は大げさですが、実際に私たちの研究が世界の人々を救うかもしれないことも事実。理想を追い求めることは、研究に向き合う上で大切です。
また、研究の過程では思いもよらない結果が出てくることがあります。結果を踏まえて予測を立てて、次の実験をして、また結果を踏まえて予測を立ててと、これを繰り返して段々と描いていた目標に近づいていく。「研究は証拠を地道に集める探偵ごっこのようなもの」なんて話を学生とするのですが、そんな実験で起きる意外性も、いまだ研究を楽しめている理由のひとつです。

――研究の先にある理想を見つけるためには、永井先生が海外で体験したように、世界や社会の課題を、身をもって知ることが大切なように思われます。

だから学生たちには、研究室に籠もらずに、色々な場所に出て、たくさんの人とコミュニケーションを図ることを勧めています。研究者には論理的な思考力が求められますが、一方で人間的な素直さや感情の豊かさも大切だと考えるようになりました。「世の中がこうなったらいいな」「あんな格好いいものをつくりたいな」といった、素直な気持ちや動機が行動力につながる。多くの経験を通して、そんな人間性を育んでもらいたい。
そして最終的には研究の成果をしっかりとアウトプットすることが重要です。それが社会実装でも研究論文でも構いませんが、自分が時間をかけて取り組んだ成果を世界に伝えることが、研究者として何かに挑んだ証となるはずですから。