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脳波測定による認知症検査技術の確立へ

高齢者の認知症患者は2025年に471万6000人、2040年には584万2000人に達すると厚生労働省研究班は推計しており、2040年にはおよそ高齢者のうち約15%が認知症となる時代が到来するでしょう。一方、認知症の予防や治療に向けたさまざまな取り組みが各方面で展開されており、情報学部情報デザイン学科の田中久弥教授は、認知症に対して脳波を使った検査技術確立に向けた研究を進めています。

情報学部 情報デザイン学科 生体情報処理研究室
田中 久弥 教授
研究キーワード:電気生理計測/運動学計測/コンピュータインタフェース

逆転の発想から生まれた認知症検査

——「脳波を使った認知症検査」とは、どういったことを行うのでしょうか。

現在の認知症診断は画像検査や血液検査、臨床心理士の検査、医師の問診などから成り立っています。私が取り組む「脳波を使った認知症検査」では、文字入力型BCI(Brain-Computer Interface)を使い、注意(attention)を調べるという手法で、コンピュータを使用した簡便で新しい検査法を目指しています。BCIとは脳からの電気信号を測り、コンピュータを操作するための装置です。具体的には、ディスプレイ上に文字盤を映し、文字を行・列単位でランダムに点滅させることで脳に視覚的な刺激を与えます。被験者は入力したい文字を画面の文字盤から探し注視します。注視した文字(=入力したい文字)が点滅した時に特定の脳波「P300」が誘発され、その脳波を検出することで文字を入力するシステムです。

特定の言葉、例えば文字盤の中で「あ」「ん」「こ」「も」「ち」の入力を被験者に指示したとしましょう。
「画面上で緑色に光っている文字を見つめてください」
「次に、行と列が何度か点滅しますが、緑色に光っていた文字だけを見つめてください」
「光った回数を数えてください」
上記の指示により、被験者について以下の3項目が脳波によってチェックされます。
1. 注視する文字を探索しているか
2. 文字に注意を向けているか
3. 点滅回数の計数を把握しているか

このように文字入力型BCIを通じて検査を行い、そのスコアによって認知機能低下を検査します。

——この研究に取り組むきっかけを教えてください。

もともとは身体が不自由な方が機械を操作したり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方が文字を綴ることができるような装置を研究してきました。

——人間の機能を工学で補う取り組みですね。いつ頃からそういった方面に興味を抱くようになったのでしょうか。

子どもの頃から、サイボーグが登場するSF作品などに親しんできました。サイボーグといえば、人間と機械の融合です。義手を作ったり、失った視力を取り戻したりと、人間が失った機能を機械でカバーすることに興味がありました。そう考えると、現在の研究のきっかけは、子ども時代まで遡ります。

——大学で人とコンピュータを結ぶ技術と出合い、文字を綴る装置の開発に進まれたのですね。

ところが、文字を綴る装置ではどんなに工夫しても入力精度の低い人が一定数存在することが分かってきたのです。入力精度が低い人の事例を失敗談として、東京医科大学の先生方に講演したところ、「それは認知症のケースではないか」と示唆をいただきました。そこで認知症の専門家の先生と医工連携の研究がスタートしたのです。事実、入力精度の低い人の背景を探ると、高い確率で認知機能の低下が疑われることが判明しています。

——逆転の発想で、入力精度の低い人の特徴を捉えていけば、認知症の検査に繋がるとお考えになったのですね。医工連携ということは医療の専門家との共同研究ですか。

医師と臨床心理士とともに研究を進めています。

一人でもできる認知症検査を目指す

——研究において、難しい部分は何ですか。

脳波の計測が簡便でないところが、大きな課題です。現在進めている「脳波を使った認知症検査」は、実用化されたとしても、患者さんが検査機関に足を運び、さまざまな検査を受ける中の一つという位置づけになるでしょう。限られた時間の中でたくさんの検査を効率よく行うためには、簡便な方法でなければなりません。ですから、よりシンプルに計測できる電極や装置の研究開発も行っています。

——「脳波を使った認知症検査」が普及すれば、どのようなメリットが考えられるでしょうか。

大きなメリットとしては、認知症の早期発見が挙げられます。早期に適切な診療を受けることで、症状の進行を遅らせたり、緩和する効果が期待でき、ご本人や家族が、これからの生活について考えることができます。また、認知症は世界的な問題であり、人口が多く高齢化が進むアジア諸国では特に顕著です。医療機器が十分に整っていない地域も少なくないため、医療格差問題が深刻であり、簡便に認知症が予測できるような仕組みづくりが急務となっています。これは医療インフラ的な側面を考えた場合のメリットですね。
次に、この検査技術がさらに発展した未来について考えてみましょう。現状では、検査のための機材のほか、医師と臨床心理士、それから私のような工学分野の研究者といった専門家のサポートが欠かせません。将来的に私が目指しているのは、コンピュータと脳波を測定する機材があれば、被験者が一人でも検査できる環境作り。具体的には、脳波を測定する機材をコンピュータと無線で接続し、耳の後ろに簡単に装着する装置の開発を進めています。

——一人でも検査できるというのは、便利ですね。

この点が重要ポイントだと考えています。検査に行きたがらない認知症予備軍が多いという背景があります。最近もの忘れがひどいと感じていても、「自分が認知症のはずがない」「周囲に認知症と分かったら恥ずかしい」という気持ちが邪魔をして検査を受けない人が少なくないようで、認知症を疑う家族から本人を病院に連れ出して診断されるまで平均すると1年半も要するそうです。
一人でも検査できるようになれば、自分だけでこっそり検査して、認知機能低下の疑いがあったら病院に足を運ぶことに繋がるでしょう。家族も「簡単だから検査を受けてみたら?」と説得しやすくなると思います。

——今後の展望をお聞かせください。

「脳波を使った認知症検査」に限らず、新しい医療方法、新しい福祉機器、新しいヘルスケアソフトウェア、これらを使ったサービスを生み出すことを目指しています。特に、普段の生活の中で、病気と診断される前の中間状態に気づき病院に行く、セルフケアするといった選択ができる未来を描いています。