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なにもない「空き地」から拓く都市デザインの新たな可能性

工学院大学がキャンパスを構える新宿をはじめ、一部の都市では大規模再開発が進められる一方、地方や郊外ではテナントが埋まらない商業施設や住民のいない空き家問題がニュースになることが増えてきました。経済成長や人口増加が右肩上がりだった時代は過ぎ、“つくるだけ”ではない新たな都市デザインが求められる中、建築学部まちづくり学科の遠藤新先生が着目したのが、「空き地」の利活用による都市デザインの可能性です。

建築学部 まちづくり学科 都市デザイン 遠藤(新)研究室
遠藤 新 教授
研究キーワード:都市計画/都市デザイン/都市保全計画/まちづくり

大学助手時代にアメリカで見つけた独創的な手法

――大学助手生の頃には地方都市の中心市街地の衰退について、その解決策を探る研究をされていたそうですね。

1990年代後半、日本でも徐々に都市部の衰退が問題視されるようになってきた時代です。大学助手時代には、日本よりも一足先に同様の課題に直面していたアメリカを巡り、市街地再生のためのプロジェクトの調査を行いました。アメリカの都市デザインの実践的な手法を探ろうというのが、当時の研究テーマです。

そんな中で出合ったのが、「空き地(あきち)」の再生を通して都市を活性化させる、フィラデルフィアでの独創的な取り組みでした。フィラデルフィアには衰退とともに空き地が増加し、その活用を考えざるを得ない事情もあったのですが、その手法に大きな可能性を感じたのです。

フィラデルフィアの空地(くうち)

――現在では空き家のリノベーションなどを見る機会も増えましたが、当時では珍しい着眼点だったのでは。

人口が増加する時代に必要な建物や施設を建設した結果、人口が減少に転じれば、空き地や空き家が増えるのは当然のことです。当時は空き地に何をつくるべきかという検討や、空き家を増やさないための建築物のつくり方という視点はあったものの、空き地の「空き」そのものを都市に取り込んで、都市全体のデザインに活用していく試みは少なかったと思います。

――先生が提唱されている「空地アーバニズム」とは、空き地の存在から都市デザインを考える手法です。その考え方とはどのようなものでしょうか

空き地には、建物など以前あったものがなくなった空き地と、長らく活用されていなかった場所があります。どちらも住民が集う公共的な広場や公園、治水機能を持つ植栽(雨庭)や緑地などのグリーンインフラ、運動のためのスペースなど、「空き」のまま様々な利活用の場所に変えることができます。地域の特性や課題、ライフスタイルに合わせた空き地の活用から、そこに暮らす人々に影響を与え、都市の在り方を変えていくのが「空地アーバニズム」の考え方。目的を失った空き地(あきち)を都市の中で意味のある空地(くうち)に変えていくのです。空き地を建物に変えず「空き」のままうまく活用したほうが、より良いまちづくり・地域づくりができるのではないか、という視点です。
ここには自然災害の被災地に多く見られるような空き地が常態化してしまったスペースも含まれます。いつまでも着手されない開発を待つよりも、「空き」の活用を通して地域の将来像を描いていく、そんな復興の在り方を示すという意義もあります。

社会実験を通して考える人口減少時代の都市デザイン

空地アーバニズムを土台とした遠藤先生の都市デザインに関する研究は、日本国内の空地の利活用の方法や活用プロジェクトの体制を調査・分析し、ケーススタディを集める作業からスタートしました。合わせて実際に空地の利活用を行う社会実験も行っています。そのひとつが川崎市環境総合研究所との共同研究である、神奈川県川崎市麻生区にある広場「カナドコロ」です。整備・運営には遠藤教授の研究室の学生が参加しており、2021年にはその取り組みが評価されグッドデザイン賞を受賞しました。

――空地の利活用を実際に手掛ける目的は何でしょうか。

建物をつくるとなると“試しにやってみる”ことは難しいですが、空き地の利活用なら、色々なことを試しながら、地域の人達のニーズや利用状況に合わせて調整していくことができる。実践的な実験を通して、利活用のケーススタディを構築することが目的です。
「カナドコロ」は普段は高齢者の散策や子どもたちの遊び場になるグリーンインフラでもあり、休日には地元団体の主催による朝市や、ワークショップやイベントが開かれるスペースになります。重視したのは、お金や手間をかけ過ぎないこと。多くの予算と人手を割けば、ひとつの空き地を賑わせることは、そう難しくありません。しかしそれでは100箇所、200箇所とある空き地で汎用的に使える手法にはなり得ない。学生たちが地元の方々と協力しながら、少しずつ手づくりして、維持管理できる環境をめざしています。

施設の建設計画が白紙になり30年以上放置されていた公有地を広場に転換した「カナドコロ」。 地面は雑草が生えないよう樹皮で舗装され、休憩場所となる日除けや、雨水によって草木の緑が育つスウェールエリアなどを整備している。

――「カナドコロ」の取り組みも8年目を迎えました。社会実験から見えてきた成果などはありますか。

「カナドコロ」には地域の方々の意見や多様な使い方が反映されていて、都市や地域は時間をかけて多くの人が関わりながら、少しずつ変化するものだと改めて認識しました。私の専門は都市デザインという領域ですが、「都市とは簡単にデザインできるものではないな」と。過去から受け継いだものを、私達がどう次の世代に伝えていくかが大切だと、いまは感じています。
「カナドコロ」の他に、研究室では郊外の駅前の空地デザインや利活用なども手掛けていますが、今後はより多彩なシチュエーションで、多彩なテーマに応じた活用手法を模索することが目標です。地域の人達が能動的に参加してくれる体制づくりや運営方法なども考えながら、さまざまな地域で空地の可能性をより広く追求し、将来的にはその手法を体系化したいと考えています。

静岡市草薙駅前のプロジェクトをまとめた冊子

――都市デザインの研究をするなかで、まだまだ新しい発見や気付きがあるということですね。

それぞれに多様な個性やライフスタイルがあることが都市の魅力。そこに暮らす人との出会いも、都市を研究する楽しさのひとつです。都市デザインというと華々しい大都市の再開発などが注目されがちですが、空地のデザインや利活用には、住民の減少や経済的な停滞など、苦しい背景を抱えた地域を変えるという意義があります。だからこそ取り組む価値があるテーマなのです。
空き地には、空き地になってしまった理由がある。だけれども空き地は多くの可能性を秘めた都市の資産になれる存在でもある。人口減少が進むとされている日本において、研究が果たすべき役割はこれからより大きくなると感じています。

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