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高分子化合物の特性を解き明かし機能性材料としての可能性を追求する

プラスチックやビニールをはじめ、高分子化合物は暮らしのあらゆる場面で活用されるもの。そんな身近な存在である一方、分子構造により多様な物性をもつことが特徴で、その可能性はいまだ追求の余地を残しています。そんな高分子化合物を有機化学反応により合成し、新たな機能性材料の開発を進めるのが、先進工学部応用化学科の小林元康先生の研究。新たな発見が現在のテクノロジーを一変させるかもしれない。そんな大きな可能性を秘める研究分野です。

先進工学部 応用化学科 有機高分子化学研究室
小林 元康 教授
研究キーワード:合成高分子/表面改質/生物模倣/バイオマテリアル

未解明の多い学問領域に研究者としての未来を賭けて

――接着剤や表面コーティングといった工業製品から医療用途の生体適合性材料まで、高分子化合物の幅広い用途を見据えた研究が印象的です。そもそもの興味や動機はどんなことからスタートしたのでしょうか。

小さい頃は新潟県の田舎で育ち、田畑に囲まれた中で多彩な植物や生き物に触れ、観察する機会に恵まれました。化学への興味はそんな環境から始まったのかもしれません。そのまま化学分野を志して、東京工業大学に進学。転機となったのは、学科選びのタイミングでした。
応用化学(主に有機化学)、高分子工学、化学工学の3つで悩んだ中で高分子工学科を選択。他の2つと比較して、学問領域としての歴史も浅く、いちばん謎が残っている分野であることが決め手になりました。このフィールドならば私でも何か活躍できる余地があるのでは、という期待を抱いての選択でした。

――当時から研究者としての将来を見据えていた訳ですね。

大学4年次には、医療機器メーカーとの共同研究に参加。この経験も高分子材料を研究する楽しさを知るきっかけとなりました。研究では人工血管の素材となる高分子化合物を合成したのですが、高分子材料の表面と水や血液が触れた時に起きる分子レベルでの変化をX線光電子分光や電子顕微鏡を使って解析しました。材料をつくる有機化学は原子や分子を扱い、ナノメートル単位で高分子の構造分析を行う一方、血球や抗体との作用はマイクロメートルの世界。ナノ、マイクロ、ミリと対象のスケールが広く、自然と求められる知識も化学・物理・生物と多岐に渡るようになりました。その“幅広さ”が私にとってのやりがいに。現在につながる生物と高分子化合物の関連性を意識しはじめたのもこの頃からでした。

――その後、大学院を修了し、研究者としての道を本格的に歩んでいくことになります。

現在、特に力を入れているのが紐状の高分子鎖を歯ブラシのように密集させた「ポリマーブラシ」という分子組織です。大学院を修了して間もない頃に、ポリマーブラシを合成する研究が世界的に始まり、私も挑戦する機会に恵まれました。
このポリマーブラシ、合成には有機化学、高分子化学、表面分析の全ての技術が必要で、当時は国内外でも手掛けられる研究者がそう多くいませんでした。ですが、私が学生時代に培った人工血管材料の合成や分析する技術が、実はそのままポリマーブラシの合成に活かせるものだった。しかもポリマーブラシの特性は未解明なことだらけ。これはチャンスだと思いましたね。高分子工学を選んだ時に似ていますが、未踏襲で謎ばかりの領域こそ挑戦するのは面白い、と思って研究に邁進しました。

何より自由であることが、研究者に求められること

その後、小林先生はポリマーブラシの基礎研究に注力。親水性表面や油、タンパクに対する防汚性、ブラシ同士を噛み合わるような接着性など、多彩な特性が明らかになりました。海洋生物の付着しにくい特性を活かした船や港湾で用いる工業材料、潤滑性を活かした人工関節やカテーテルなど幅広い用途が見込まれていますが、一方でそういった物性の原理はいまだ解明されていません。それを解明するヒントとして小林先生は、生物のもつ仕組みや構造からヒントを得る生物模倣という考え方を活用しています。

――ポリマーブラシの多くの特性が明らかになったいまでも、その原理は未解明のままなのですね。

汚れを落としやすく、接着にも使えるなど、材料としての魅力は多彩です。しかし「なんでそういう特性なのですか?」と聞かれてしまうと、本当の原理は正直まだ分からない状態。現在は実用化をめざすべく合成工程の省力化や低コスト化と並行して、原理の追求を続けています。
そんな時にヒントとなるのが、生物がもつ機能です。たとえばカタツムリの殻やナメクジの体表にも防汚性があり、ポリマーブラシの防汚性と近い仕組みであることがわかってきた。私達の細胞膜を構成する分子と類似する化学構造で合成すれば、ポリマーブラシは生体材料として使うこともできる。生物学的な視点が研究を推進する力になっています。

――他の学問領域の視点が思いがけないヒントになった。

数学者と化学者、昆虫学者と建築学者など、ボーダレスな連携が進む欧米と比較すると、日本は学問領域を超えた交流に対して消極的なところがある。しかし社会課題が複雑化する背景を踏まえても、もはや限られた領域の範囲内だけで研究を進めても解は見つかりにくいと思っています。
最近では、研究機関や企業といった枠組みすら意識する必要はないと感じていて、国立科学博物館や水族館の職員の方々との交流も積極的に図っています。この傾向は、今後より強いものとなるはず。若いうちから理系・文系といった感覚で自らに制約を課すことは勿体ないですよね。ブレイクスルーにつながるような突拍子もないアイデアは、そこからは生まれてこない気がします。

――着眼点も発想の手法も自由で多様性に富んでいますね。

研究者はどんな仕事よりも「自由」が与えられている職業だと思いますよ。特に大学の研究者は、発想も研究手法も制限がなくて自分次第。この自由さこそが研究者のやりがいと魅力だと感じています。もちろん研究資金の調達や、成果を社会へアウトプットする上での制約、そして後進となる学生を教育する責務も同時に負いますが、研究者はいつまでも探求と挑戦する心を忘れてはいけない。それは研究者としての“生き様”とも言い換えられるものです。研究室の学生にも、折に触れて自由な発想の有難さについて話をしています。
せっかく研究者になったのだから、自分だけの何かを成し遂げたい。それは昔から変わらない想いのひとつです。ポリマーブラシの研究をはじめてほぼ20年が経ちました。これからも世界中のあらゆる研究者と連携しながら、自身のテーマを追求していきます。